『武士道』とは

2018-04-20

『武士道』とは

 新渡戸稲造は、明治のあの時代、日本の伝統文化は西洋の道徳・宗教は遅れていないことを証明した人である。『武士道』の考えは封建的時代の武士社会の考えでもあるが、今日でも日本人の生活の中に道徳心として残っている。また、西洋の道徳はキリスト教と騎士道、その精神が残っており、やがて騎士道は無くなり、日本と違い紳士道として残っている。(ジェントルマン⇒紳士) 新渡戸稲造の『武士道』を読むと、世界に日本、日本人という国を知らしめたのである。時は明治、理解されない日本、日本人の心を世界中に日本人の本質を伝えたかったという思いが見えてきます。

新渡戸稲造は、アメリカ人の女性と結婚し、国際的にも日本人として多くの名誉を持ち、国際関連事業の仕事をして高く評価された。また、ユネスコ創立には第一人者として国際的にも認められている。稲造は生涯こんな言葉を残している。世界の国々には、他民族、他文明、他宗教があることを認めなければならないと言っている。また、人間は全て人間だから同じであるとも言っている。「人類は一つ」であるすべてを認めるべきであるとも言っている。話は戻ると現在『武士道』を右翼的考えともいわれるが、稲造の言うとしたことは、日本人は日本人らしく「自信の為、人の為、国の為」道徳心に生きることを世に伝えたかったのである。『武士道』の考え方を現在は少し間違った考え方、右翼思想と思っている人が多い。現在、日本社会は損得ばかり考え、日本人が持っていた道徳心を忘れています。一度『武士道』を読んで見ませんか。外国では、日本、日本人の考えが解らないときには参考書として世界中の全ての著名人は『武士道』を読んでいると言われています。

新渡戸稲造 『武士道』   奈良本達也翻訳より

『武士道』とは「人に勝ち、自分に克つ、強靭な精神力を鍛える」こと

義』とは義理、「正義の道理」

「正義の道理」私たちにとって、無条件に従うべき絶対命令であるべきではないのか

「義理」は本来義務いがいのことを意味していない。

『勇』「勇気」はこころの穏やかな「平静さ」によってあらわされる

まことに「勇気」のある人は、常に落ち着いて決して驚かされたりせず、何事によっても「心の平静さ」をかき乱されることはない。

『仁』はやさしく母のような「徳」である。「慈愛」は女性的な性質である「やさしさ」と「諭す力」を備えている。私たちは「公正さ」と「義」で物事を計らず、むやみに「慈愛」に心を奪われてしまうことのないように教えられている。

『礼』は「長い苦悩に耐え親切」で人を「むやみに羨まず」「自慢」せず思い上がらない。自己自身の「利」を求めず容易に人に動かされずおよそ悪事というものを「たくらまない」ものであるといえる。

「武士の心」とは 「志」

慈しみの心を持って常に相手を思いやり敬いながら、世界中の民族の共存共栄を計る。

i msorry (すいません)  

thank you (ありがとう)

i ioveyou (愛しています)

この三つの言葉が、世界中の民族の共存共栄を計ると稲造は言っている。

新渡戸稲造 『武士道』 奈良本達也読書より

追記

最近、色々と社会を揺るがしている日本の政治家は日本という国をどのように考えているのかわかりません。特に○○〇党、野党などはとくに、また、官僚は国民の行政をどのように思っているか。日本国の為に、国民の為にとか道徳心はないのか。先人たちはこの国を良くしようと努力をしたのに、今の政治家、官僚には御身だけしか考えないと思うのは私だけですか。

大事にしょう。この国を!!

 

人の心と我が家

2018-04-13

人の心と我が家    -日本人の文化と伝統-

 つい3年前の事件、もうお忘れた人も多いと思います。○○県のある女子高校生が同級生殺人を起こしました。この事件の悲劇をどのように思われますか? 当時の報道では、加害者は小学生の時から勉強が良くでき、また、スポーツの出来る子供と言われています。なぜ、同級生のお友達を殺害したのか?報道だと「人を殺してみたかった!」また、「人を解剖したかったから!」この少女は前もってホームセンターで刃物やノコギリを買っていての犯行と報道されています。なぜ、このような惨事になる前に家族やご両親は気が付かなかったか?報道の中から聞けば、近所でも評判の良い子だったようです。

私は思うのですが、この子は小さい時から布団に寝てそれも川の字に寝ていればこのような惨事を起こさなかったかもしれません。幼くして甘えること、泣くことなど、そこにはすぐに親兄弟が手を出してくれるはずだからです。もれも愛情いっぱいの生活を送れたはずです。両親や家族は自分を大事にしてくれることも理解するはずです。私は少年少女の事件がある時いつも思うのです。またこの家にも川の字で寝て居ないと思うのです。この事件の報道からは、お父さんは○田大学出身で弁護士、お母さんは東○大学教育学部出身で、ご夫婦とも教育熱心で、勉強さえできれば良いと言う考えの家庭ではないかと思うのです。

幼い時から家庭は裕福で物を与えられまた、やりたいことは全て与えられ、「我慢」と言うものは与えられなかったのではないか? 私の解釈ですが、小さいころから川の字で寝ると人は肌と肌が触れ合い また、心と心が繋がり人に対しての愛情が出るのです。これも大人になっても人様を大事にすることは同じです。動物も見てください。子育ては常に集団への生き方を教え、また、親と肌と肌が常に触れています。

 

  日本の伝統や文化は西洋の文化とは違うはずです。西洋のイスやテーブル・ベットが入ってきたのは幕末になってからです。近年大半はイスやテーブル・ベット生活する人が多くなり、人と人の繋がりが希薄になり、社会は急速に歪み始めています。イスやテーブル・ベットは、人と人の距離を離す。ただ儀礼的では良いのですが、また、利便性からでも日本人は心と心は繋ぐことはできません。偉そうなことを言えば、教育とは、「ただ知識や技術を教えることではなく、「生きる力」や「我慢」を身に付ける」こと

畳の上で、強く子供を抱きしめてください。きっと良い子に育ちますよ

大事にしましょう。畳生活と川の字、日本の伝統・文化を・・             穴水美樹

 

八王子FM 2018年4月~6月号 投稿より   『八王子FM77.5mh検索 パソコンからも聞こえます』

組織とは

2018-04-07

「組織力」渡部昇一先生の話しから

組織力の名言でイギリスのネルソン総督の『見的必殺』見(けん)敵(てき)必殺(ひっさつ)は話が有名である。「相手が見えたら命を懸けて相手がいなくなるまで戦え」と言う話です。これがネルソン精神、現在でも起業者の志はこのネルソン精神が生き続いています。組織は目的単純が目的で、これが成功の道と言われていまいす。やはりそれには理想主義が根底にあり成功への道ともいわれています。企業は単純明快利益を上げれば良いのです。企業理念 例えば松下幸之助さんの話は水道からコンコンと流れる水は沢山あるから誰が飲んでも盗んでも誰も文句を言わない。自分も水道のようにたくさん作ってやれば皆に行きわたるし安く買うことが出来、また、喜んでもらえると言う発想だったそうです。これが水道哲学として有名な話です。トップは先ず、哲学・理念・使命感 ただ利益だけ追求では周りの人たちが付いてこなくなる。また、参考書だけ見ていると何も生まれないことを忘れてはいけない。自分の信念・哲学が大事である。

松下さんの話の中に多くの人と知り合って、アイデアや特許を取ったときは儲かっているが、次の商品開発を疎かにし、大抵倒産してしまう人が多い。松下さんは次の開発努力を惜しまなかったという事です。ようは色々な解釈はどうでもいい、単純明快にここぞと決めたらまっしぐらに進むこと。トップは常に同じ手や事をならない。トップは明るい人であること、大きなビジョン・目的目標が必要である。また、一つ一つの局面にたいして戦術が必要とされる『見的必殺』見(けん)敵(てき)必殺(ひっさつ)単純明快が必要とされる。周りは動きやすくすること疑惑が起こらないようにする。困難がおきたら次から次へと知恵を出して、また、周りの人を明るくすることが出来るのがリ-ダ-・トップの考えです。

※ ネルソン総督(イギリス最大の英雄とされる) 1758-1805 アメリカ独立戦争・ナポレオン戦争・活躍。

私の好きな著名人 

渡部昇一先生は、上智大学元教授 (英文学・歴史論・社会論・政治論・古書の収集家など) 保守論客者

昭和5年山形県鶴岡市生まれ平成29年4月17日86歳没

上智大学文学部英文科・修士課程修了 ドイツ留学・イギリス留学

エピソ-ド 

1 蔵書2位 貯蔵書籍15万冊 (現存する著名人で蔵書 立花隆さん10万冊 3位) 2017年度

2 大学時代の成績は常に一番ではなく100点を目指していた (理由は奨学金が欲しくて、100点の上は居ないからという理由と人と争うことが嫌なために、全ての科目を、親からの仕送りが絶えたてきたから、時代は戦後貧しい時代であった) 

3 出版書籍600冊位と言われております。一番有名な本「知的生活の方法」ベストセラ-

 

飛鳥山公園に行ってきました。

2018-04-03

飛鳥山公園(東京都北区)に行ってきました。

当日は「春うらら」多くの人がお花見をしていました。飛鳥山は八代将軍徳川吉宗が桜の名所と仕立上げたところです。江戸っ子たちの行楽の場所で、落語にも飛鳥山が登場します。当時も今も桜の名所は、上野、芝、浅草、深川でもあります。飛鳥山は後に渋沢栄一の別荘として使われ、明治という時代を作り上げたのもこの場所からかもしれません。花見をさて置き、私は3館の資料館に探訪してきました。飛鳥山公園内には、現在は渋沢栄一史料館や紙の博物館、北区飛鳥山博物館として至っております。

   

   

一度は行っては如何ですか!

現在を知る意味で渋沢栄一氏の人生は楽しいです~よ~

「止めることなく命は繋がっている!!」

2018-03-22

こんな気になる記事がありましたので、お読みませんか ?

 「止めることなく命は繋がっている!!

「つながってゆくこと」   文・河瀬直美 かわせなおみ/映画監督

全国信用金庫協会「たのしい我が家」ずいそうより

 丁寧な暮らしを心が掛けている。たとえばどんなに忙しくても玄関と床の間のお花はいつも元気である事。神様の榊と仏壇の仏花の水はきちんと毎日変える事。お庭には季節の花が咲いている事。これらはいつ頃からかわたしの日課となった。学生時代は家のことなどちっともしなかったのに、高齢の養母が健在だった頃にそのようなことをできていればもう少しは彼女の心も穏やかだったろうか。けれど、何も教わることなくあの頃を過ごしたというのに、彼女の気配がわたしに宿り、気がつけば彼女のやっていたことを自らおこなっていたことに驚く。血のつながりはなくとも、共に生活をする、その日常の中で「家族」であることの絆は深まってゆく。

 生まれた時には両親が別居をし、ほどなくして離婚をしたという。母と暮らした記憶はなく、父の存在は二十歳を過ぎて初めて知る事となった。母方の祖父の姉夫婦が子供に恵まれなかったことから、生まれた私を引き取って育てた。若すぎる二十四歳の母には新しい人生が待っていたのだ。やがて母が再婚をした相手を中学生になるまで本当の父親だと思っていたが、違った。そんな事情が重なり、生まれた時の苗子からすると、今の「河瀬」はわたしにとって四つ目の名となる。使え古してつかえなくなったものを捨てる時「お世話になりました」と声かけてゴミ箱に捨てる事。旅先での宿を去る時におじぎをして「おおきに」とその空間に感謝する事。朝陽に手を合わせ、月に話しかけ、道ばたのお地蔵様に「まんまんちゃんあん」と頭をさげる事。彼女の生活を通した所作は知らず知らずのうちに私の信じるものとなってゆく。特定の宗教によるでもなく、自らの周りにあるものと共に生き、感謝の心を持つ。ただそれだけのことが、自らをよき方向に導きはじめる。誰も見ていないからといって物事を粗末に扱うことのないように、知らず知らずのすちに犯している罪を見つめる勇気をもつように、人と人の狭間にあって君は能力を発揮するだろう、と高校時代の恩師は卒業のメッセージボードに書いてくれた。

 そのことの意味をあれから三十年経った今、想う。若い時代にさまよった道は、ようやくその先が明るさと共に開けてみえるようになった気がする。わからないからこそその無謀なエネルギー若さゆえの情熱と相まってその時にしか創れないものを誕生させた。史上最少年でカンヌ映画祭の新人監督賞に輝いたことに恥じない作品づくりとは何だろう。きっといつもになっても、ハングリ-である事。明るく見え始めた道に安心せずに、その道が平坦でないことを確かめながら、一歩一歩自分の足で歩いてゆく事。表現するという事は、自らの日常にも責任をもって在るという事だと今思う。明日も続く日々に感謝し、表現を続けてゆく事。「河瀬」の名でこの時代に遺す作品を創る事。それが人々の未来に光を与えられることをねがっている。

河瀬直美 かわせなおみ/映画監督

「もがりのもり」第60回カンヌ国際映画祭 審査員特別大賞グランプリを受賞する

全信用金庫「たのしい我が家」ずいそうより

「そうだ今日は本屋に行こう」

2018-03-21

今日は、春文の日、朝から雪が降っている。お墓詣りも行けず「そうだ今日は本屋に行こう」

この2冊を朝から読みました。日本人の「すばらしさ・誇り」を新たに認識しました。

こんな生き方は・・・いかがですか?

2018-03-17

こんな生き方は・・・いかがですか?
先ずは、あなたにとって誰が大事で、誰が大事ではないか!!
この話は、今から40数年前にある職人さんの親方から聞いた話です。

私が結婚する前の話しです。「穴水君、結婚してからの生き方を教えてやるよ。日本人には、生き易い生き方の順序があるんだよ」と言われました。それも楽しく生きるためにね。「それはね、結婚して1番大事な人は誰と思う」私は両親と答えました。「いやいや、それが違うんだ。先ず1番大事な人は結婚相手、パ-トナー(奥さん)だよ 2 子供 3 近所 4 パ-トナーの両親 (相手) 5 自分の両親 6 パ-トナーの兄弟 (相手) 7 自分兄弟 8 友達 9 職場の人 

このような生き方を教えて頂きました。「要は、奥さんは他人なんだ。だから他人をよくすること、日本人がやることなんだ。それだから奥さんを大事にして、子供を大事に育て上げる。次は近所だよ。近所と仲良くすることで困ったときに助けてもらえる。昔から、遠くの親戚より近くの他人と言う言葉があるでしょう。それに自分の両親ではなく相手の両親や兄弟を大事にすれば、あなたの奧さんも貴方の両親や兄弟を大事にしてくれると思うよ。夫婦は思いやり、助け合いだよ。子供は育成すること、育て上げることだよ。そのような考えを持っていけば、あなたの周り人も貴方自身も生きやすく生きられるよ」と教えられました。

私自身こんな生き方があるとは思いもよらず考えさせられました。どうでしょう・・・いかがですか?
この生き方は日本人しか解らない生き方と思います。

また、子育てについても教えて頂きました。「子供は親の言うことを聞くのは3歳か4歳ぐらいまで」また、「子供にも人格があることを忘れてはダメ」と言われました。「10歳過ぎたら大人と同じように人格を作ってやること、親がバカであれば子供もバカと思った方がいいんだ。子供に教育を付けようとするなら、親がテレビを見ないこと、子供が勉強する時にバカな親はテレビを見て笑っている情けない親、子供が勉強する時は、親はテレビを消し、何でもよいので興味ある雑誌を読み、趣味の時間を作ること。子供も親も共通な時間を作ること。そうすれば少しは賢い子供になる」と言いました。私もなるほど思いました。

このような生き方をすれば、家族や親せきなど全てにおいてみんな、必ず幸せになり社会が明るくなると思います。今からでも遅くない、こんな生き方をしませんか ?

ちっと畳の上で考えませんか!!

 

※余談 子供と認める年齢は10歳迄とする。
(10歳過ぎたら子供に人格を作ってやることが大事です。また、一人の人間として社会に適用できる人間になると思います。10歳過ぎたら大人と同じです。ちっと自分自身の事を考えてみてください)

 

誰でもが知っている。日本人の優しさ

2018-03-07

今日は、江戸しぐさと言う話しです。

ちっと、生活を見直ししませんか ?

『 江 戸 し ぐ さ 』と言う言葉 ・・・知っていますか?

「江戸しぐさ」 というのは、江戸商人の代表各の人達の考え方、口の聞き方、表情から身のこなし方などについて、美意識や感性の全てを考え、商人の生活哲学を作ったと言われています。このことは現在にも通用することと考えられます。

江戸しぐさ であるとされる例

江戸しぐさ であるとされる例

1 傘かしげ
雨の日に互いの傘を外側に傾け、ぬれないようにすれ違うこと

2 肩引き
道を歩いて、人とすれ違うとき左肩を路肩に寄せて歩くこと

3 時泥棒
断りなく相手を訪問し、または、約束の時間に遅れるなどで相手の時間を奪うのは重い罪(十両の罪)にあたる。

4 うかつあやまり
たとえば相手に自分の足がふまれたときに、「すいません、こちらがうかつでした」と自分で謝ることで、その場の雰囲気をよく保つこと

5 七三の道
道の、真ん中を歩くのではなく、自分が歩くのは道3割にして、残りの7割は緊急時などに備え他の人のためにあけておくこと

6 こぶし腰浮かせ
乗合船などで後から来た人のためにこぶし一つ分腰を浮かべて席を作ること

7 逆らいしぐさ
「しかし」「でも」と文句を並べ立てて逆らうことをしない。年長者からの配慮ある言葉に従うことが、人間の成長にもつながる。また、年長者への啓発的側面も感じられる。

8 喫煙しぐさ
野暮な「喫煙禁止」などと張り紙がなくてとも、非喫煙者が同席する場では禁煙をしない

余談
日本人は、人に迷惑をかけないと言う社会は昔から出来上がっていたと言うことです。良い伝統はいつまでもつづいて欲しいですね。

ちょと、畳の上で ゴロ ゴロ して考えてみませんか? 

畳の良さがわかるはずです。

ちっと、生活を見直ししませんか ?

気が付いたら直ぐに自分自身を、『 直しましょう.替えましょう 』

これぞ、日本人の習慣

ブッブッ独り言 - 人の命は永遠 -

2018-03-06

「情報」  情報ってなんですか?

最近、良い情報か、悪い情報か解らないのですが マスコミが垂れ流す情報は何かって言えば安部総理一色 ? 他は株価の値下がり情報です。株取引をやらない人には関係のない話と思うのですが、況して私には関係がないことです。いやいや、ふっと考えてみました。国会議員のみなさ~ん、もっと国民にとって大事なことがあるはずです~ょ~

ヘリナシ畳・龍球表 ( ↑ 昔からの本物畳) 

マスコミの皆さんに畳生活のいい情報がありますよ~ お願いし~ま~す。

  タタミのいいはなし!!

1 「安全・安心」 畳の上の生活は転んでも怪我をしにくい。
理由は住宅の中で一番柔らかい床材です。

2 「環境・自然」 畳の表はい草が良い香りを出す。
理由は天然素材です。(工業製品では味あえない)

3 「絆・癒し」 畳の上での座卓や布団での生活は家族の絆が深くなる。
理由は前文の通り

こんな情報をマスコミの皆さんが毎日毎日流していただければ、畳離れを食い止めることができると思うのですが ~
マスコミの皆さん~ 畳は絶対にいいんですよ~  畳の上の生活は幸せになりますよ~と・・・

どなたか、こんな情報を流してもらえますか~?

こんな、いやなはなし!!

最近こんな話が多いのです。ご年配者はもう「死にたいね~」とよく言います。なぜなんでしょう。
よく聞くと、子供に迷惑をかけるから早く死にたいんですよ~
況して、パートナー(連れ合い)が無くなれば余計に「死にたいね~」と言います。

私は必ず言います。「子供を育てたダチンを返してもらえばいいじゃないですか」昔の世の中はオダチンと言ってご褒美をいただいたものです。ダチンは良い事をしなければくれなかったはずです。子供を育てたダチンを老いてからの子供に返して貰えると思えばいいんじゃないですか~

子供には、絶対に言ってイケないこと「俺は、私は、貴方(子供たち)たちに絶対に迷惑をかけないからね!」この言葉は死んでも言ってわいけない言葉です。本来、命、家族は永遠続くものです。自信の自命はたかが100年と思っても、親から子供へ、子供から孫へ命は受け継がれていきます。これこそ栄枯盛衰・えいこせいすいです。「必ず誰しもが老いる子供、孫みな同じ、また、同じ人生を辿るのが人間であると思う。 老いては人に迷惑をかけるのは当たり前と思ったほうがいいんじゃないですか」と言っています。

人から人へ 家族から家族へ、人のつながり、家族のつながり「栄枯盛衰」です。

ふと、思うんです。子供との関係はどうなっているのかな~と思います。こんなことばっかり言って・・・・・
親が悪いのかな~・・・子供が悪いのかな~・・・

こんな淋しい親にして・・・・子供はいいのか~な~
遠くにいる子供さんは畳が好きなのかな ~

                                平成30年3月5日 記

「お客様は神様」です。

2018-03-03

今日は、「お客様は神様」と言う話です。

 つい昭和の時代まで、いや平成10年位まで日本の社会、経営者、商売人は全て「お客様は神様」と言う思いで仕事をしておりました。また、そのうえに「お客様には迷惑を掛けない」と言う風潮がありましたが、ここ近年、日本の秩序が大きく崩れ始めましたが、そう思うのは私だけでしょうか、その大きく変わった一つの節目は平成16年9月22日にアメリカのブッシュ大統領と日本の小泉総理との会談で日本にアメリカ側から規制緩和を求めてきました。その一人に、竹〇平〇氏が世界に勝ち抜くためにはアメリカ的資本主義を打ち出し、消費者(お客様)より株主を大事にする社会を進めました。昔から日本には、公共的なもの民間で出来るものと区別判別をしていました。でもここ数年であの規制緩和の仕組み、アメリカ的資本主義のやり方が蔓延しております。大半の企業が利益中心で、従来の日本のお客様第一主義、会社家族と言う考えを捨てています。その中日本人社会はギシギシになっているように思われてなりません。また、日本人の伝統や文化を捨てているように思います。

例えば、規制緩和の話をすれば郵便局民営化です。この民営化により地方の郵便局の統廃合が始まり、山村部の郵便局は無くなっている状況です。未だしも都市部の郵便局は良いのですが山村部の状況は銀行もなければ主な金融機関もないのです。日々のお金の出し入れや物を送るには大変なことが始まっています。地方でも一定の集落があるところは何とかなりますが、本当に困ったところ、高齢者や数人の人しか住んで居ない地域です。このように地方の人々が緊迫をしているのを竹〇平〇氏と元小泉総理は知っているのでしょうか。このような改革は全て利益を中心とするアメリカ的な経営、会社はただ儲かればいいという事です。欧米とは歴史や文化、伝統の違いがあるのです。それと共に日本の風土、土壌があるのです。本来、日本人は働く美徳、慎ましい生活が日本の伝統であり文化です。地域や人の思いを感じ取る社会です。以前の経営者の基本理念は、「道徳経済合一設」と言う考えから始まっているのです。地域で生産し雇用を生み出し地域や働いている人へ利益を還元する事と思っていたはずです。また、あの頃の「お客様は神様です」と言った考えは今どこに行ったんでしょうか。

 

ところで、この人を知っていますか、日本の資本主義の生みの親、埼玉深谷市生まれの渋沢栄一氏です。子供のころから「論語」を読み「算盤」を覚え日本を近代社会に変えた人です。時代は慶応2年、大政奉還へ移行する時代、徳川家最後、慶喜の異母弟、徳川昭武と一緒にフランスパリ万博に行きました。その時、渋沢栄一氏が感じたことは余りにも日本の違い知り日本が遅れているのを感じ、このパリで西洋の経済の仕組みを覚えようと渋沢氏はパリの残ることにしました。渋沢栄一氏が感じたことは余りにも市民が活気よく働いて知る姿を見て、日本も同じように国民、市民が活気よく働くような国にしたいと思い、また、「誰しもが良くなれば、必ず国がよくなる」とその時に感じたのです。渋沢氏はパリで資本主義の基礎を猛勉強し、日本に帰ってきて、先ず、多くの人から出資を願い出たのです。「国民が良くなれば、必ず国がよくなる」と思いを言い続けたそうです。当時の日本には会社と言う制度はありませんので、会社を作る制度を全て一から教えたと言われております。当時、渋沢栄一氏の関わった会社の数は500数社だったそうです。現在でも有名な会社、例えば、第一国立銀行(みずほ銀行)から、帝国ホテル・清水建設・サッポロビール・鉄道会社・他など殆どの会社と言う会社の創立には関わってと言われています。渋沢栄一氏の会社経営理念は「道徳なくして経済なし」「公益第一、私利第二」「道徳経済合一設」と言う経営理念を多くの人にその精神を教えたそうです。「道徳経済合一設」言う精神を現在の経営者はどのように思っていますか。自社だけ儲かれば言いという考え、渋沢栄一氏の信念・精神はもう日本人の経営者には無いのでしょうか     

平成30年3月3日 記

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